海洋哺乳類の中でも特に注目を集める「白いイルカ」と「ピンクのイルカ」。
一般的なイルカとは異なる美しい体色を持つこれらの動物は、実は全く異なる種類の海洋哺乳類です。
本記事では、白いイルカ(ベルーガ)とピンクのイルカ(アマゾンカワイルカ)の生態、特徴、生息環境の違いを科学的根拠に基づいて詳しく解説します。
白いイルカ(ベルーガ)の基本情報

ベルーガの分類と特徴
ベルーガ(学名:Delphinapterus leucas)は、イッカク科に属する海洋哺乳類です。「白いイルカ」と呼ばれることが多いものの、厳密にはイルカ科ではなく、独自の分類群を形成しています。
基本データ
- 体長:成体で3-5メートル
- 体重:500-1,500キログラム
- 寿命:野生で35-50年
- 妊娠期間:約14-15ヶ月
出典:NOAA Fisheries, Marine Mammal Protection Act Database
ベルーガの体色変化の仕組み

ベルーガの最も特徴的な白い体色は、実は生まれたときから白いわけではありません。
成長に伴う体色変化
- 生後0-1年:濃いグレー色
- 1-5年:徐々に薄いグレーに変化
- 5-8年:完全な白色に到達
この体色変化は、皮膚の色素細胞(メラノサイト)の活動が年齢とともに減少することによるものです。成体の純白の体色は、北極圏の氷の下での生活に適応した結果と考えられています。
出典:Smithsonian National Museum of Natural History
ベルーガの生息環境と分布
ベルーガは主に北極圏および亜北極圏の海域に生息しています。
主要な生息地域
- ベーリング海
- チュクチ海
- ボーフォート海
- ハドソン湾
- セントローレンス川河口
季節的な回遊を行い、夏季は比較的浅い沿岸域や河口部で過ごし、冬季は氷縁域で生活します。
ピンクのイルカ(アマゾンカワイルカ)の基本情報

アマゾンカワイルカの分類と特徴
アマゾンカワイルカ(学名:Inia geoffrensis)は、カワイルカ科に属する淡水性の鯨類です。現地では「ボト」とも呼ばれ、南米の河川水系に生息する固有種です。
基本データ
- 体長:1.5-2.5メートル
- 体重:85-160キログラム
- 寿命:野生で約30年
- 妊娠期間:約11ヶ月
出典:International Union for Conservation of Nature (IUCN) Red List
ピンク色になる理由
アマゾンカワイルカのピンク色は、複数の要因が組み合わさって発現します。
ピンク色の発現メカニズム
- 血管の透過:薄い皮膚を通して血管が透けて見える
- 興奮状態:活動的になると血流が増加してピンク色が濃くなる
- 年齢要因:成熟したオスほどピンク色が強い傾向
- 個体差:遺伝的要因による色の濃淡の違い
特に成熟したオスは、テストステロンの影響で皮膚が薄くなり、より鮮やかなピンク色を呈することが知られています。
出典:Journal of Mammalogy, Amazonian River Dolphin Studies
アマゾンカワイルカの生息環境
アマゾンカワイルカは南米の淡水河川水系に限定して生息しています。
主要な生息河川
- アマゾン川本流および支流
- オリノコ川水系
- マデイラ川
- タパジョス川
- トカンチンス川
雨季と乾季で水位が大きく変動する河川環境に適応しており、季節に応じて生息域を移動します。
白いイルカとピンクのイルカの5つの主要な違い
1. 生息環境の違い
比較項目 | ベルーガ(白いイルカ) | アマゾンカワイルカ(ピンクのイルカ) |
---|---|---|
水質 | 海水 | 淡水 |
水温 | 0-15℃ | 24-30℃ |
地域 | 北極圏・亜北極圏 | 南米熱帯雨林 |
深度 | 浅海-深海 | 河川(通常20m以下) |
2. 身体的特徴の違い

ベルーガの身体的特徴
- 頭部:大きく丸い前頭部(メロン器官が発達)
- 背びれ:背びれは無く、代わりに低い隆起
- 首:柔軟性が高く、頭を大きく動かせる
- 歯:上下各8-11本の円錐状の歯
アマゾンカワイルカの身体的特徴
- 頭部:長い吻部(嘴状の口)
- 背びれ:三角形の背びれを持つ
- 首:海洋性イルカより可動域が広い
- 歯:前歯は尖り、奥歯は平たい(約25-28本)
3. 知能と社会行動の違い
ベルーガの社会行動
- 群れサイズ:通常2-25頭、時に数百頭の大群
- コミュニケーション:豊富な音響信号(「海のカナリア」と呼ばれる)
- 社会構造:母系社会で、メスと子が安定した群れを形成
アマゾンカワイルカの社会行動
- 群れサイズ:通常1-4頭の小グループ
- コミュニケーション:クリック音とホイッスルを使用
- 社会構造:比較的独立性が高く、緩い社会結合
4. 餌と採餌行動の違い
ベルーガの餌
- 主要な餌:魚類(ニシン、タラ、サケ類)
- 補完的な餌:甲殻類、頭足類
- 採餌方法:群れでの協調的採餌、吸引採餌
アマゾンカワイルカの餌
- 主要な餌:淡水魚(ナマズ類、カラシン類)
- 補完的な餌:甲殻類、亀類
- 採餌方法:単独での採餌、泥底を掘り起こす行動
5. 保護状況と脅威の違い
ベルーガの保護状況
- IUCN評価:軽度懸念(LC)
- 個体数:約136,000-168,000頭
- 主要な脅威:気候変動、海氷減少、船舶騒音
出典:IUCN Red List 2023, Arctic Council Marine Mammal Assessment
アマゾンカワイルカの保護状況
- IUCN評価:危急種(VU)→準絶滅危惧種(NT)
- 個体数:約24,000頭(推定)
- 主要な脅威:生息地破壊、水質汚染、漁業による混獲
出典:WWF Amazon Conservation Program, IUCN Red List 2023
それぞれが観察できる場所

ベルーガ(白いイルカ)を見ることができる施設
日本国内の水族館
- 鴨川シーワールド(千葉県)
- ベルーガパフォーマンスで有名
- 繁殖実績も豊富
- 八景島シーパラダイス(神奈川県)
- アクアミュージアムで展示
- 間近で観察可能
- 名古屋港水族館(愛知県)
- 北館で常設展示
- 大型水槽での展示
野生のベルーガ観察地
- カナダ・チャーチル:ハドソン湾での夏季観察
- アラスカ・アンカレッジ:クック湾での観察
- ノルウェー・スバールバル諸島:野生個体の観察
アマゾンカワイルカの観察地
野生での観察地(エコツーリズム)
- ブラジル・マナウス
- アマゾン川とネグロ川の合流点
- ボートツアーでの観察が可能
- ペルー・イキトス
- アマゾン川上流域
- 現地ガイドによるツアー
- コロンビア・レティシア
- 三国国境地帯
- 自然保護区での観察
重要な注意事項:アマゾンカワイルカは現在、日本の水族館では飼育されていません。野生での観察のみとなります。
両種の保護の現状と課題

ベルーガの保護課題
気候変動の影響
北極圏の海氷減少により、ベルーガの生息環境が急速に変化しています。海氷は採餌場所の確保や捕食者からの避難場所として重要な役割を果たしており、その減少は個体群に深刻な影響を与える可能性があります。
人間活動による影響
- 船舶交通の増加:北極航路の開発により船舶騒音が増加
- 石油・ガス開発:海底資源開発による生息地の撹乱
- 海洋汚染:マイクロプラスチックや化学汚染物質の蓄積
アマゾンカワイルカの保護課題
生息地の破壊
アマゾン流域の森林伐採と河川開発により、カワイルカの生息地が急速に失われています。特に、ダム建設による河川の分断は、個体群の遺伝的多様性に深刻な影響を与えています。
直接的な脅威
- 漁業による混獲:漁網への偶発的な捕獲
- 意図的な捕殺:漁業資源との競合による駆除
- 水質汚染:鉱山開発による水銀汚染
保護活動の取り組み
国際的な保護努力
両種ともにワシントン条約(CITES)の保護対象となっており、国際取引が厳しく規制されています。また、IWC(国際捕鯨委員会)による科学的調査と保護管理も実施されています。
地域コミュニティとの協力
特にアマゾンカワイルカの保護では、地域住民との協働が重要です。持続可能な漁業の推進や、エコツーリズムによる代替収入の創出が進められています。
まとめ:白いイルカとピンクのイルカの魅力
白いイルカ(ベルーガ)とピンクのイルカ(アマゾンカワイルカ)は、それぞれが全く異なる環境に適応し、独特の特徴を発達させた魅力的な海洋哺乳類です。
ベルーガは極地の厳しい環境に適応し、高度な社会性と豊かなコミュニケーション能力を発達させました。一方、アマゾンカワイルカは熱帯雨林の複雑な河川環境で、独特の採餌戦略と柔軟な体構造を進化させています。
両種ともに人間活動による影響を受けており、継続的な保護努力が必要です。これらの美しい動物たちが将来の世代にも観察できるよう、科学的研究と保護活動の支援が重要となっています。
彼らの存在は、地球の生物多様性の豊かさを象徴するものであり、私たちに自然環境の保護の重要性を教えてくれる貴重な存在といえるでしょう。
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参考文献・出典一覧
- NOAA Fisheries, Marine Mammal Protection Act Database
- International Union for Conservation of Nature (IUCN) Red List 2023
- Smithsonian National Museum of Natural History – Marine Mammal Database
- Journal of Mammalogy – Amazonian River Dolphin Studies
- Arctic Council Marine Mammal Assessment Report
- WWF Amazon Conservation Program
- Marine Mammal Science Journal – Beluga Whale Studies
- Amazon Conservation Association Research Papers