江戸時代のペット文化|べらぼうの時代の動物たち【犬・猫・金魚・見世物まで完全解説】
2025年NHK大河ドラマ「べらぼう」で話題の江戸時代。
蔦屋重三郎が活躍した寛政年間(1789-1801年)は、江戸の動物文化が最も華やかに花開いた時代でもありました。
将軍から庶民まで、人々と動物の関わりは現代以上に深く、多様性に富んでいました。
この記事では、大河ドラマの舞台となった江戸時代の動物文化について、蔦重が出版に関わった浮世絵に描かれた動物たちから、庶民に愛されたペット、見世物として人気を博した珍獣まで包括的に解説します。
江戸時代の動物とは:時代背景と概要
江戸時代における動物の位置づけ
江戸時代は260年以上続いた平和な時代であり、社会が安定したことで人々の生活に余裕が生まれました。
江戸時代のペット文化は、大河ドラマ「べらぼう」の舞台である寛政年間に最も華やかに発展しました。
蔦屋重三郎のような版元が活躍し、庶民文化が爆発的に発展した時期であり、江戸時代のペット飼育も身分を超えて広まっていました。
重要なポイント:
- 平和な社会により動物文化が発達
- 身分を超えて動物愛好が広まる
- 実用性と娯楽性の両面で動物が活用
江戸時代のペット動物:庶民に愛された身近な仲間たち
犬:江戸時代最大のペット動物
江戸時代において、犬は最も人気の高いペット動物でした。武家から町人、長屋の住民まで幅広い層に愛されていました。
犬の飼育文化の特徴
- 身分を超えた人気:将軍から庶民まで愛飼
- 専門的飼育書の存在:「犬狗養蓄傳(いぬくようちくでん)」」などのベストセラー
- 終生飼育の概念:世界初の責任ある飼育を提唱
注目すべき点: 暁鐘成(あかつきのかねなり)が執筆した「犬狗養蓄傳」は、世界に先駆けて飼い主に終生飼育を訴えた画期的な飼育書でした。

猫:ネズミ退治から愛玩動物へ
猫は江戸時代の重要なペット動物として、実用性と愛玩性を兼ね備えていました。
猫の社会的役割
- ネズミ退治の実用性:穀物倉庫の守護者
- 愛玩動物としての価値:癒しを提供する存在
- 芸術のモチーフ:浮世絵や文学作品に頻繁に登場

金魚:江戸時代の観賞魚ブーム
金魚は江戸時代に大ブームを起こした観賞動物でした。品種改良が盛んに行われ、様々な種類の金魚が作出されました。
金魚文化の発展
- 品種改良の技術:様々な色彩・形状の開発
- 専門的飼育書:詳細な飼育方法の記録
- 庶民層への普及:手頃な価格での流通
ネズミ:意外な人気ペット動物
江戸時代にはネズミがペット動物として大人気でした。特に明和年間(1764-1771年)から始まったネズミブームは注目に値します。
ネズミペット文化の特徴
- 縁起の良いペット:子孫繁栄・商売繁盛の象徴
- 品種改良の実施:珍しい模様や色彩の作出
- 専門飼育書の発行:「養鼠玉のかけはし」「珍翫鼠育草」
特筆すべき点: ネズミは「大黒天のお使い」として縁起が良いとされ、家運興隆の象徴として珍重されました。
鳥類:江戸時代の多様な愛鳥文化
江戸時代には多種多様な鳥類がペットとして飼育されました。
主要な飼い鳥の種類
- ウグイス:「鳥合わせ」というコンクールも開催
- ウズラ:小型で飼いやすい人気種
- 鈴虫:美しい鳴き声を楽しむ
- カナリア:外来種として珍重

べらぼうの時代の見世物動物:異国の珍獣が人々を魅了
象:江戸時代最大のスター動物
象は江戸時代において最も話題となった見世物動物でした。享保13年(1728年)にベトナムから来日した象は、日本中にブームを巻き起こしました。
象ブームの詳細
- 長距離徒歩旅行:長崎から江戸まで約1400キロを徒歩
- 天皇への謁見:従四位という大名並みの官位を授与
- 関連商品の販売:象グッズや解説本がベストセラー
驚くべき事実: この象は中御門天皇に謁見し、宮中参内に際して従四位という大名並みの官位を授けられました。
ラクダ:空前絶後の人気を誇った珍獣
ラクダは江戸時代に大ブームを起こした代表的な見世物動物でした。文政4年(1821年)に来日したラクダは、特に両国で大人気となりました。
ラクダ見世物の特徴
- 驚異的な集客力:両国では1日5000人もの見物客
- ご利益信仰:見ると福をもたらすとされた
- 落語の題材:「らくだ」という演目にも

その他の珍しい見世物動物
江戸時代には多種多様な異国の動物が見世物として紹介されました。
主要な見世物動物
- ヒクイドリ:実物を見て羽に触れると悪病除けの効果
- ヒョウ:トラとして紹介されることも
- クジャク:美しい羽を持つ珍鳥
- ペリカン:「ガランチョウ」と呼ばれた
江戸時代の農業動物:労働力を支えた家畜たち
牛:農業の中核を担った重要な労働力
牛は江戸時代の農業において不可欠な労働力でした。特に西日本の水田地帯では、牛による耕作が一般的でした。
牛の農業利用の特徴
- 耕作での活用:水田での犁耕に最適
- 運搬業務:重い荷物の運搬に従事
- 堆肥生産:糞尿を活用した農業資材
技術的な側面: 牛は忍耐強く、粗悪な飼料でも満足し、病気にかかりにくいという特徴から、農業労働に適していました。なお、牛は食用ではなく労働力として大切にされていました。
馬:速度と機動力を活かした多目的利用
馬は江戸時代において速度と機動力を活かした様々な用途で活用されました。
馬の利用形態
- 運搬業務:荷物の迅速な運搬
- 乗用:武士階級の移動手段
- 軽作業:浅田での作業に適用

豚:限定的ながら重要な家畜
江戸時代において豚の飼育は限定的でしたが、一部地域では重要な家畜として位置づけられていました。
豚飼育の特徴
- 地域限定:主に長崎や江戸で飼育
- 薬用利用:滋養強壮の薬として重用(食用ではない)
- 隠れた需要:表立たない肉食文化の存在
江戸時代の動物愛護思想:世界に先駆けた「いのちを大切にする」文化
江戸時代における動物愛護感覚の特徴
江戸時代の日本人は、世界に先駆けて動物愛護的感覚を持っていました。これは生類憐みの令だけでなく、日常的な動物との関わりにも現れていました。
動物愛護思想の根底にあったもの
- 儒教思想の影響:「仁愛の精神」による生き物への慈愛
- 仏教の慈悲の心:すべての生き物に対する慈悲深い気持ち
- 実用性を超えた愛情:労働力以上の存在として動物を大切にする心
生類憐みの令:世界初の包括的動物愛護法
生類憐みの令は、世界史上でも極めて先進的な動物愛護法でした。同時代のヨーロッパには類似の法律は存在していませんでした。
生類憐みの令の画期的な内容
- 対象の包括性:犬、猫、牛、馬から魚、虫まで幅広い生物を保護
- 人間も対象:捨て子、捨て病人、捨て老人の禁止も含む
- 社会意識の変革:「命あるものは殺してはいけない」という価値観の普及
注目すべき点: 元禄時代(17世紀末)の時点で、江戸幕府は全世界で最も進歩的な動物愛護政策を実施していました。これは現代の動物愛護法の原型とも言える存在です。
庶民レベルでの動物愛護意識
生類憐みの令以外にも、江戸時代の庶民は日常的に動物愛護的な行動を取っていました。
庶民の動物愛護行動
- 終生飼育の実践:「犬狗養蓄傳(いぬくようちくでん)」に見る責任ある飼育
- 動物への情緒的愛着:ペットに対する深い愛情の表現
- 動物の個性尊重:一匹一匹の性格や特徴を理解した飼育
江戸時代の動物に関する法律と社会制度
生類憐みの令:動物保護の先駆的法律
貞享4年(1687年)に五代将軍徳川綱吉が発布した「生類憐みの令」は、世界的にも珍しい動物保護法でした。
生類憐みの令の内容と影響
- 動物殺生の禁止:すべての生き物の保護を規定
- 厳格な処罰:違反者には重い刑罰
- 社会への影響:約20年間継続された
歴史的意義: この法令は動物愛護思想の先駆けとして、現代の動物愛護法の原点とも言える存在でした。
江戸時代の肉食事情:建前と現実のギャップ
江戸時代の動物と人間の関係を理解する上で重要なのが、肉食に対する複雑な社会的態度です。
肉食禁止の建前
- 仏教の影響:天武天皇4年(675年)以来の肉食禁止令が継続
- 社会的タブー:特に牛馬の肉食は強く忌避
- 上流階級の遵守:武家や貴族は建前上肉食を避ける
実際の肉食文化
江戸時代にも「薬食い」という名目で動物の肉が食べられていました
- 「ももんじ屋」の存在:獣肉専門店が江戸市中に営業
- 隠語の発達:馬肉「さくら」、猪肉「ぼたん」「山鯨」、鹿肉「紅葉」
- 薬としての位置づけ:滋養強壮の薬として正当化
- 地域差:薩摩では琉球料理の影響で豚肉文化が存在
重要なポイント: 江戸時代の動物は基本的に食用ではなく、労働力・愛玩・見世物としての価値が中心でした。肉食は「薬」という特別な扱いで、日常的な食事ではありませんでした。
動物の身分制度と扱い
江戸時代には動物にも一定の社会的序列が存在しました。
動物の社会的位置づけ
- 神聖視される動物:象、白い動物など
- 実用動物:牛、馬などの労働力
- 愛玩動物:犬、猫、金魚など
江戸時代の動物文化:芸術と文学への影響
浮世絵に描かれた動物たち
江戸時代の浮世絵には数多くの動物が描かれ、当時の動物文化を現代に伝えています。大河ドラマ「べらぼう」の主人公・蔦屋重三郎も出版に関わった浮世絵の中には、多くの動物作品が含まれています。
代表的な動物浮世絵
- 歌川国芳の猫絵:猫愛好家として有名な絵師の作品群
- 象の浮世絵:来日した象を描いた記録的作品
- 動物戯画:擬人化された動物の滑稽な表現
- 蔦重系譜の出版物:庶民に愛された動物をテーマとした作品
注目ポイント: 蔦重が活躍した寛政年間は、浮世絵における動物表現が最も豊かになった時期でもありました。

文学作品に登場する動物
江戸時代の文学作品には動物が重要な役割で登場しました。
文学における動物の扱い
- 擬人化表現:動物を人間のように描写
- 象徴的意味:特定の動物に込められた意味
- 実録的記述:実際の動物観察に基づく描写
江戸時代の動物医学と健康管理
動物の病気治療と予防
江戸時代には動物の健康管理にも関心が高まり、専門的な知識が蓄積されました。
動物医学の発展
- 専門的治療法:各動物に特化した治療方法
- 予防医学の概念:病気の予防に重点
- 薬草の活用:天然素材による治療
飼育書に記された健康管理法
江戸時代の動物飼育書には詳細な健康管理法が記載されていました。
飼育書の健康管理内容
- 適切な餌の与え方:栄養バランスを考慮
- 病気の見分け方:症状の詳細な記述
- 治療方法:具体的な対処法の提示

江戸時代動物文化の現代への影響
現代ペット文化への継承
江戸時代の動物愛好文化は現代のペット文化の基盤となっています。
継承された要素
- 終生飼育の概念:責任ある飼育の思想
- 品種改良技術:金魚や犬の品種開発
- 動物愛護精神:生き物を慈しむ心
動物園文化への影響
江戸時代の見世物文化は現代の動物園文化に影響を与えています。
現代への継承
- 教育的側面:動物を通じた学習
- 娯楽的要素:動物との触れ合いによる癒し
- 保護の概念:希少動物の保護意識
江戸時代動物研究の最新成果と発見
考古学的発見から見る動物利用
近年の考古学的発見により、江戸時代の動物利用の実態が明らかになってきています。
最新の研究成果
- 骨の分析結果:当時の動物の種類と利用方法
- 遺跡からの発見:飼育施設の構造
- DNA解析:動物の系統と品種の変遷
文献資料の新たな解釈
江戸時代の文献資料の再検討により、新たな事実が判明しています。
研究の進展
- 史料の再評価:従来の解釈の見直し
- 新史料の発見:未知の動物文化の発掘
- 国際比較研究:他国との動物文化比較
まとめ:江戸時代動物文化の豊かさと現代的意義
江戸時代の動物文化は、現代社会の動物との関わりの原点と言えます。ペット文化、見世物文化、農業利用、そして動物愛護の精神まで、多岐にわたる動物との関係が築かれていました。
江戸時代動物文化の特徴:
- 多様性に富んだ動物文化:実用性と愛玩性の両立
- 世界初の動物愛護思想:生類憐みの令に代表される包括的保護精神
- 庶民文化の発達:身分を超えた動物愛好の広がり
- 技術革新への貢献:品種改良や飼育技術の発達
- 情緒的な動物観:動物を単なる道具ではなく、愛情の対象として扱う文化
この豊かな動物文化は、現代の私たちが動物との理想的な共生関係を考える上で、多くの示唆を与えてくれます。江戸時代の人々が築いた動物との絆は、時代を超えて現代に受け継がれている貴重な文化遺産なのです。
参考文献・出典
主要史料・文献
- 暁鐘成『犬狗養蓄傳』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- 『養鼠玉のかけはし』安永4年(1775年)
- 『珍翫鼠育草』天明7年(1787年)
- 江南亭唐立作『駱駝之世界』文政8年(1825年)
- 『享保十四年渡来象之図』(国立国会図書館所蔵)
現代研究文献
- 国立国会図書館「描かれた動物・植物―江戸時代の博物誌―」
- 池内了『江戸の好奇心 花ひらく「科学」』集英社新書
- 柿川鮎子「江戸時代のペット飼育書から見た飼い主の意識と教養」
- 溝井裕一「動物園の文化史」
学術機関・データベース
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)
- J-STAGE学術論文データベース


