しっぽの先がくるりと折れ曲がった猫。あのなんとも愛らしい「かぎしっぽ」の猫ちゃん。実はこのしっぽには、東南アジアから海を渡ってきた猫たちの数百年にわたる旅の物語と、「幸運を呼ぶ」という世界各地の言い伝えが宿っています。
この記事では、かぎしっぽの正体と原因、日本にこれほど多い歴史的な理由、そして縁起にまつわる文化を、できるだけ正確に、そして猫という一つひとつの命に寄り添う視点でお伝えします。

かぎしっぽとは?──しっぽが折れ曲がった猫の総称
「かぎしっぽ」とは、猫のしっぽが途中で折れ曲がっていたり、先端がくるりと丸まっていたりする状態を指す俗称です。鍵(かぎ)のような形に見えることから、この名前がつきました。「鍵しっぽ」「尾曲がり猫」「尾曲り猫」とも呼ばれ、英語では kinked tail(ねじれたしっぽ) や crooked tail(曲がったしっぽ) と表現されます。
猫のしっぽは、通常18〜20個ほどの「尾椎(びつい)」という小さな骨が連なってできています(個体差が大きく、研究によっては18〜23個とされることもあります)。
この骨の一部が足りなかったり、骨どうしがくっついて(癒合して)いたり、変形して半椎体(くさび形の骨)になっていたりすると、しっぽが短く折れ曲がった状態、つまりかぎしっぽになります。
かぎしっぽの3つのタイプ
かぎしっぽは、骨の曲がる位置や変形の仕方によって、おおまかに3種類に分けられます。
- キンク(折れ曲がりタイプ)……しっぽの途中から急に折れ曲がっているタイプ。最も「鍵」らしい形です。
- カール(巻きタイプ)……しっぽが自分に巻きつくようにカールしているタイプ。優雅で、一見かぎしっぽと気づかないこともあります。

- ボブテイル(お団子タイプ)……しっぽがごく短く、くるんと丸まってお団子のように見えるタイプ。
純血種ではほとんど見られず、いわゆるミックス猫(雑種)に多く見られるのも、かぎしっぽの特徴です。
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猫がかぎしっぽになる原因──先天性と後天性
かぎしっぽになる原因は、大きく分けて2つあります。生まれつきの先天的なものと、事故やケガによる後天的なものです。この2つは、猫の健康への意味がまったく違うため、飼い主としてはぜひ知っておきたいポイントです。
先天的なかぎしっぽ──遺伝子による個性
生まれつきのかぎしっぽは、遺伝子の変異によるものと考えられており、基本的に健康上の問題はありません。猫自身は痛みや違和感を感じていないことがほとんどです。人にたとえるなら「生まれつき耳や指の形が少し違う」ようなもので、その子だけが持つ個性と言えます。
かぎしっぽや短いしっぽには、少なくとも3つの遺伝子が関わっていることがわかっています。「尾無し猫」で知られるマンクスが持つ T-Box遺伝子 の変異、ジャパニーズ・ボブテイルなどに見られる HES7遺伝子 の変異、そしてまだ発見されていない「第三の遺伝子」です。
HES7遺伝子の変異は、東南アジアや中国南部の猫に広く見られるありふれたもので、2016年の調査では遺伝子型の組み合わせによって曲がりの程度が変わることも報告されています。
後天的なかぎしっぽ──事故やケガには注意を
一方、もともとまっすぐだったしっぽが、ドアに挟まれたり、踏まれてしまったり、転落などの事故で折れてしまうケースもあります。子猫の頃に骨が柔らかいうちに曲がってしまうこともあります。
しっぽの付け根には神経線維の束が集まっているため、後天的にしっぽを痛めた場合は、神経が傷ついて歩行や排泄に影響が出ることもあります。もし愛猫のしっぽが突然曲がっていたり、触られるのを極端に嫌がる、動かしづらそうにしているといった様子があれば、できるだけ早く動物病院で診てもらいましょう。
「かぎしっぽ=危ない・痛い」と心配される方もいますが、その大半は生まれつきのもので心配いりません。本当に注意すべきは、後天的な変化のほうなのです。
なぜ日本にかぎしっぽの猫が多いの?──出島から始まった旅
「海外ではめずらしいのに、日本ではよく見かける」。かぎしっぽには、そんな不思議な偏りがあります。その背景には、江戸時代の交易の歴史が深く関わっています。
かぎしっぽの遺伝子を持つ猫の原産地は、東南アジアや中国南部のあたりだと考えられています。
江戸時代、日本で唯一西洋に開かれていた窓口・長崎の出島では、オランダ東インド会社の船を通じて貿易が行われていました。その船には、積荷をネズミから守る「ネズミ捕り」として、インドネシア(ジャカルタ周辺)の猫たちが乗せられていたのです。
当時の海洋保険会社が「ネズミ対策のため猫を乗せて航海すること」を契約条件にしていたという記録も残っています。
こうして海を渡ってきた猫たちが、出島から長崎の市中へと広がり、繁殖し、やがて日本全国へと分布を広げていきました。
これが、日本にかぎしっぽが多い理由だと考えられています。地元の「長崎尾曲がりネコ学会」も、この説を唱えています。
長崎は「尾曲がり猫」率が日本一
京都大学名誉教授・野澤謙氏の調査をベースとした長崎尾曲がりネコ学会の報告によれば、長崎に生息する猫の尾曲がり率は約8割にのぼり、これは全国でもトップの数字です(他府県は平均4割程度)。
学会の市街地調査では、尾曲がり猫はさらに「曲がりしっぽ」「短尾」「お団子しっぽ」の3タイプに分けられることもわかっています。
長崎の人たちのなかには「猫のしっぽは曲がっているのが当たり前」と思っている人もいるほどで、まっすぐなしっぽの猫のほうがめずらしく見えるのだとか。
長崎市内では、感染症対策に取り組むお店に「尾曲がり招き猫」のシールが貼られていたり、眼鏡橋のそばに「尾曲がり猫神社」があったりと、この猫たちは町のシンボルとして今も大切にされています。
🐾 長崎の「尾曲がり猫」を、おやつでも 長崎には、尾曲がり猫をパッケージにあしらった縁起菓子があります。小浜食糧の「しあわせクルス」は、「届いた方にしあわせが来るように」との願いを込めて名づけられた長崎銘菓。十字架(クルス)の形をした薄焼き煎餅で、長崎の異国情緒あふれる歴史そのものを映したお菓子です。福を「ひっかける」尾曲がり猫のパッケージは、ちょっとした手みやげにもぴったり。しあわせクルス 苺 尾曲猫
「猫又」を避けたかった、もう一つの説
もう一つ、興味深い言い伝えがあります。江戸時代には、長く生きてしっぽの長い猫は「猫又(ねこまた)」という妖怪になる、と信じられていました。
そのため、しっぽが短いかぎしっぽの猫が「妖怪にならない猫」として好んで飼われ、増えていったのではないか、という説もあるのです。
実際、野澤謙氏によれば、江戸時代の絵画に描かれた猫243頭のうち、約半数の122頭が曲がったしっぽを持っていたという記録もあります。
海を渡ってきた遺伝、妖怪を避けたい人々の心、そして商売の都合。さまざまな要素が重なって、いまの日本の風景がかたちづくられてきたのですね。
かぎしっぽは幸運を呼ぶ?──世界に広がる縁起の言い伝え

かぎしっぽの猫は、古くから世界各地で「幸運を呼ぶ猫」として愛されてきました。その折れ曲がった形が、まるで福を引っかけて逃がさないように見えることから、さまざまな言い伝えが生まれています。
- 日本……「幸せを引っかけてくる」「鍵の形が幸せの扉を開けてくれる」とされ、家に福を招く存在として親しまれてきました。
- 中国……「財産を守る錠前のような形」として、商売繁盛のお守りに。
- タイ……「曲がったかぎの部分が長い猫ほど、権威や運を呼び寄せる」と言い伝えられ、好まれてきました。
- ヨーロッパ……「フックのようなしっぽが幸運を引っかける」とされたほか、そもそもかぎしっぽ自体がめずらしいため、出会うこと自体が幸運だと考えられてきました。
金運・成功・商売繁盛と結びつけられることが多く、「幸運をキャッチするアンテナ」のような存在として、洋の東西を問わず特別視されてきたことがわかります。
かぎしっぽの猫を見かけたら、ちょっとラッキーな気分になれるかもしれませんね。
かぎしっぽの猫と暮らすときに大切にしたいこと
縁起や歴史のロマンに彩られたかぎしっぽですが、いちばん大切なのは、目の前にいる一匹の猫を、その子らしさごと大切にすることです。
- しっぽは引っ張らない、やさしく扱う。 しっぽは感情を表し、体のバランスを取る大切な器官であり、神経も通うデリケートな部分です。
- ドアの開け閉めに注意する。 後天的なかぎしっぽの多くは、ドアに挟むなどの家庭内の事故が原因です。閉める前にしっぽの位置を確認するだけで、防げる事故があります。
- しっぽの変化に気づいたら受診を。 急に曲がった、嫌がる、動かしづらそう──そんなサインがあれば、早めに専門家へ相談を。
かぎしっぽは、めずらしいから価値があるのではありません。スラリとまっすぐなしっぽも、くるりと曲がったかぎしっぽも、その子だけが持つかけがえのない個性です。
縁起のよさを楽しみながらも、「その子らしさ」をまるごと受け入れてあげることが、猫も人もしあわせに暮らすいちばんの秘訣なのだと思います。
なお、長崎の尾曲がり猫神社では、お賽銭やグッズの売上の一部が全国の保護猫活動に寄付されています。
福を招くかぎしっぽの猫たちのしあわせが、めぐりめぐって、行き場のない猫たちの命を救うことにもつながっているのです。
🔑 しっぽで福を「ひっかける」、猫のテールフック かぎしっぽが「幸運をひっかける」といわれるなら、それを毎日のくらしに取り入れてみるのはいかがでしょう。猫のしっぽがくるりと鍵の形になった壁掛けフックは、玄関の鍵や帽子、バッグの定位置にぴったり。ふと目に入るたび、福を招くかぎしっぽの猫を思い出させてくれます。 :猫のテールフック(壁掛け・鍵掛け)
まとめ
- かぎしっぽとは、尾椎の変形によってしっぽが折れ曲がった猫の総称。キンク・カール・ボブテイルの3タイプがある。
- 原因は先天性(遺伝・健康問題なし)と後天性(事故やケガ・要注意)の2つ。先天性がほとんどで心配は不要だが、急な変化には注意。
- 日本に多いのは、江戸時代に出島へ渡ってきた東南アジアの猫が全国に広がったため。長崎は尾曲がり猫率およそ8割で日本一。
- 世界各地で「幸運を引っかける猫」として愛されてきた、縁起のよい存在。
しっぽの一本にも、海を越えた旅の記憶と、命を慈しんできた人々の物語が刻まれています。
今度かぎしっぽの猫に出会ったら、その小さな鍵の向こうにある長い歴史に、そっと思いを馳せてみてください。
参考文献・出典
- 野澤謙『ネコの毛並み 毛色多型と分布』裳華房、1996年
- 長崎尾曲がりネコ学会 公式サイト(http://www.omagarinekogakkai.com/)
- 子猫のへや「猫のしっぽ・完全ガイド」「猫の骨格解剖図・完全ガイド」(獣医師監修系の解説)
- いぬのきもち・ねこのきもち「長崎にはなぜ尾曲がり猫が多いの?」(日本「長崎ねこ」学会への取材)
- 長崎市・出島公式サイト「出島の歴史」
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